其の100 DNAを受け継ぐ者

麦わらのゾフィ

2008年05月16日 00:07

83歳になる私の父は今もとても元気だ。
ゴルフが大好きでスコアはともかく今でも研究熱心である。

父がゴルフにハマる前はというとかなり釣りにハマっていたらしい。
そんな父に釣り歴を聞いてみた。

父が最初に本格的(?)な釣りを始めたのは小学校5年の時で
父は釣りがしたくてたまらなかったのだが
父のオヤジ(私の祖父)がまったく釣りをしない人だった為
母親に頼んでだれか一緒に釣りに連れて行ってくれる大人を
探してもらい、フナ釣りに連れてってもらったのだそうだ。

そこで父は開始早々立て続けに良型のフナを2匹釣り上げ
その2匹が父を釣りにハマらせることになったらしい。

高校に入る頃には一人で印旛や牛久方面へ足繁く通い
毎月、「つり」「水の趣味」「釣魚界」という3種類の釣り雑誌を
取り寄せて読みあさっていたという。

ハゼの安食梅吉
鮒のカノウコウゾウ
渓流の鈴木魚信

と今でも当時の名人の名前が直ぐに出てくるのだから
よっぽどのめり込んでいたのだろう。
(残念ながら安食梅吉以外は検索したがヒットしなかった。)



この写真は父が高校1年の時(昭和16年)、
荒川河口でハゼ釣りをしているところである。
船べりに取り付けられた手釣りの木枠は
「コレは自分で作ったんだ。」と今も自慢のタネである
セイゴなどを狙っていたのだろう。

しかし折りしも時勢は太平洋戦争が始まった頃。
釣り竿を持って電車などに乗るとこのお国が大変な時に
のんきに釣りなどと後ろ指を刺され、ずいぶん肩身の狭い
思いをしたらしい。
(ブラックバスが害魚だと大騒ぎになった時、
  自分も肩身が狭かったなあ。ちょっと次元が違うが・・・)

私がそんな父から始めて釣りの手ほどきを受けたのは
やはり私が小学校5年の時で最新のグラスのへら竿を
買って貰い、父と一緒に地元のヘラ研に入会し何度か
大会にも参加した。

ある時、釣行前夜にヘラのつり方の本を見て始めて知った
食い上げ時のアタリの出方を翌日の釣行で実践し
周りの大人より多く釣った事は今でもしっかりと記憶に残っている。

ただその当時私がそれほど釣りにハマっていた記憶は無く
中学に入ってからは折りしも受験戦争真っ只中?だった為
まったくと言っていいほど釣りはしなかった。

釣りを再開したのは二十歳になった頃だ
東京湾や相模湾での沖釣り。ヤマメ、イワナの源流の釣り。
アユの友釣りなど釣りはなんでも好きだった。

ちょっと変わっているのはルアーフィッシング歴で
最初は渓流でスプーンやスピナーを投げて
無謀にもイワナやヤマメを狙っていた。

しかしまったく釣れなかったので管理釣り場のレインボーに移行。

その後結婚を期に時間的制約が出来たため
近場で勝負が出来る東京湾奥のシーバスにハマり

最後にたどり着いたのがブラックバスなのだ。


[10数年前の私、場所は偶然にも
   父の写真と同じ荒川河口、夢の島マリーナ前]

ブラックバスの魅力に取り付かれて10数年、毎週のように
行っているが、連れは弟が多い。

私には2人の弟がいて、よく3人でバス釣りに行っていたもんだから
それぞれの嫁さんらから「釣りバカ3兄弟」と言われている。

ただ本当の釣りバカは私だけのようで、弟たちはバス釣りは好きなのだが
けっして一人で行く事はない。
逆に私はどちらかと言うと一人の方が自由がきいていいと思っていて、
槍が降らない限り、雨でも雪でもOKでかえってその方が
人は少なく、バスの警戒心が薄れているので良い結果が出る。

最近は3人で行く事はめったに無くなったが・・・
ともあれ、3人の兄弟の中で父の釣り好きの血を受け継いだのは
間違いなく私なのだ・・・



そして今、私には4人の子供がいる。
以前、長男と長女をバス釣りに連れて行ったことがあるのだが
長男は初バスを釣りあげ、長女は釣れなかったが
ルアーをキャストするのが面白いと夢中になっていた。

しかしその後、釣りに誘ってもいい返事は無く
釣り好きの気配は微塵もなかった。私の分身なのに!

・・・・・

だが今年小3の次男は上の2人とは違っていた。
完全に父や私同様、釣り好きだ。

家にいたり、買い物に行っている時、突然思い出したかのように
「あ~、釣りに行きて~」とひとり言をいう時があるのだ。

そんな次男とは小1の頃からザリガニ釣りからはじめ
ギル釣りやハゼ釣りそれに室内釣り堀などに
他の家族のスキ?を見ては2人で出かけていた。

去年の夏、長野の蓼科に家族旅行に行った時
2人で早起きして次男は初めてバス釣りをした

2インチセンコーのノーシンカーに30cmクラスがヒットしたが
ジャンプ一番、バレてしまった。それ以来、バス釣りに
執念を燃やしていて、GW最終日の5月6日も茨城の野池を
いくつかまわったが、今だ彼に女神は微笑んでくれなかった。

もちろん次男だけエコヒイキしてる訳ではないのだが
長男は中3でもう私となんか遊んでくれないし
小6の長女は母親とショッピングぅで忙しい。

であるから当然、同じ血筋の次男と釣りに行くのは道理なのだ
・・・息子と一緒に釣り糸をたれる。・・・
なんと幸せな事なのかと私は思う。

私の父もきっと同じ気持ちだったに違いない。

この間、次男が「おじいちゃん、オレでっかい雷魚釣ったんだ!」と
報告された父が、私に
「あいつ(次男)は、釣り好きの遺伝子を受け継いだな」
なんて事をつぶやいたのであった。


100回記念編。最後までお付き合いいただきありがとうございました。








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